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奥沢神社(縄蛇の頭の周り2m余り、胴周り1m、長さ10m) 祭神は応神天皇(第15代、母は神功皇后)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀る。 世田谷城主吉良氏の家臣大平出羽守星九郎が奥沢城(別に大平城とも云う。現浄真寺)を築いた時に、奥沢城東部の守護として八幡社を勧請したと伝えている。 いわゆる世田谷七沢の8八幡の一つに数えられている。 祭礼は10月15日で、江戸時代からこの日は神楽を奏している。今も「奥沢ばやし」として残っている。 (今年の蛇練りは9/11に行われた) 昭和3年まで木の両部鳥居(四脚鳥居)であった。 江戸中期、疫病が流行った時、名主の夢枕に八幡社が立たれ、縄で作った「縄蛇」が鳥居にかけられるになり、今も行われている。 神社では「厄除け大蛇」の絵馬が信仰玩具として有料で配られている。 慶応(1865〜7)の末、ここの社寮に土地の子弟を集めて読書・算術を教えていたが、明治12年(1879)に一部を改修して社名にちなんで八幡小学校とした。 社務所の近くに奥沢開創300年を記念して石の狛犬がいます。 (中野史友会資料より抜粋)2004.9.26 |
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浄真寺(別名 九品仏(くほんぶつ)とも呼ばれ信仰を集めている寺である) 浄土宗に属し、号を唯在念仏院九品山といい 本尊は釈迦牟尼仏(釈迦如来)である。 延宝6(1678)年に珂碩(かせき)上人が開創したもので、知恩院の末寺であった。 本堂にある釈迦如来像(東京都指定文化財)は珂碩上人の自刻と伝えられ、右に善導大師、左に法然(ほうねん)上人の像を安置する。 開山堂安置の木像珂碩上人像も同じく東京都指定文化財になっています。 本堂の額(扁額)は「竜護殿」である。 本堂に向かい合って三つの堂(三仏堂)が並列している。 それぞれ三体の丈六(一丈六尺の意)の阿弥陀如来九躰があり、東京都指定重要文化財になっています。 向かって左から中品(ちゅうぼん)、上品、下品の堂で各々上生(じょうじょう)、中生、下生に分かれている。 扁額は九品仏の名称の起こりである。 本堂の此岸(娑婆)に対して彼岸(浄土)の世界をあらわしている。 また、中世の世田谷領主吉良氏の家臣大平氏の居館(奥沢城)の跡と伝えられている。 写真は本堂(娑婆)を背中に下品堂を撮っています。 大きな菩提樹の根元にチカラシバが綺麗でした。 更に右奥は五嶋 慶太氏等が眠る緑豊かな霊園です。 五嶋 慶太(1882〜1959) 昭和初期の実業家。 東急コンツエルンを築き上げた電鉄王、長野県出身、農商務省、鉄道院を経て大正(1920)年退職、私鉄業界に入る。 目蒲電鉄と東横電鉄を中心に多くの私鉄を合併、系列化し、 第二次大戦時下の私鉄統制に乗じて東京西南部の交通機関を独占した。 株式の買占め、乗っ取りという強引な手段を用いたため、強盗慶太の異名をとる。 戦後は伊豆、箱根、軽井沢の観光開発で西武の堤康次郎と対立した。 (中野史友会資料より抜粋)2004.9.26 |