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於竹大日如来の流し板 心光院 東麻布1-1-5(東京タワーの足元) 於竹大日如来堂と於竹の遺品が納められています。 江戸時代、大伝馬町佐久間勘解由(かげゆ)の下女たけ(竹)は、日々の食を貧しい人に与え、自分は洗い流しの飯粒を受けて食事にしていた。 羽黒山へ参詣する行者の不思議な夢のお告げにより、「生きた大日如来である。」とされた。 寛容で慈悲深く、とても物を大切にする働き者の奉公人「於竹」の人柄、羽黒山行者の不思議な夢のお告げ、奉公先の夫婦の「於竹」へのやさしい心づかいなどの話が相まって、当時、「於竹大日如来」は、江戸庶民の間で一大ブームとなり、江戸の町では、芝居、小説、講釈、錦絵などに描かれたという。 五代将軍 徳川綱吉の母「桂昌院」も於竹如来を信仰した1人で於竹を歌にも詠んでいる。小林一茶の俳句にも詠まれ、坪内逍遥によっても上演された。 お竹が使った流し板はその後、夜中に光を放ち、徳川綱吉の母「桂昌院」寄進のの納め、心光院に納められています。 於竹大日如来のお墓は、善徳寺(北区赤羽西6-15-21)にあり、線香の火が絶えません。 |
スペイン村
和朗フラット 1935年(昭和10年)通称スペイン村 麻布台3-1と4の間 新一ノ橋から永坂を登り切り、飯倉片町交差点の少し手前、右手の路地を少し入ったところに古びてはいるが、おしゃれな建物達があります。 アメリカ帰りの農学者・上田文三郎が農業視察で息子の万茂とアメリカ西海岸の コロニアル・スタイルの建物に感銘をうけて、親子で設計したそうです。 地元の大工と協力して建てたアパ−トは 窓の形がすべて異なっていて、そのスタイルから「スペイン村」と呼ばれています。 当時から銀座に勤めるホステス、芸能人などに人気が あったが、現在もデザイナ−、コピ−ライタ−などに人気があり、家具付の独身者用アパートメントです。 思いっきり変化のある壁面が見ているだけでも楽しい建物です。 |